2003/1/18岩手県花巻温泉に行って来ました
冬の高速道路は走った事がなかったので一寸心配だったのですが
この日は雪も降っていなくって時々青空も出る良いお天気でした。
見なれている高速の景色なのですが,冬は山並みがはっきりわかって
いつもと違った雰囲気に見えました。
2時間半ぐらいで花巻に着きました。
花巻と言えば,“宮沢賢治”の故郷。
宮沢賢治は明治29年(1896年)花巻市で生まれました
賢治は盛岡の高等農林学校卒業後,花巻農林学校の教師となり,この頃多くの詩や童話を創作
しています.30歳の時,学校を退職し、農民講座を開設して(羅須地人協会)1933年
37歳の若さで亡くなるまで、農家の青年に農業の指導をしていました。
私の知っていた賢治は詩人,童話作家でしたが,農業学者,天文学者,科学者、宗教家などなど
多才な人だったと言うのがわかりました.岩手県をイーハートブ(理想郷)と名づけたのも賢治でした。

宮沢賢治記念館。。ここに賢治の資料が展示されています。
記念館のそばにある童話村.賢治の童話の世界を体験する事が出来る施設があります

入り口銀河ステーションの門 。中に入ると宇宙に迷い込んだ様な錯覚に。。。一瞬どう歩いて良いのかわからなくなりました。
ここまでで今日の見学は終わり.宿泊地の志戸平温泉、ホテル志戸平へ
ここは開湯300年,露天風呂3箇所,大浴槽9箇所,プールもあるので来た見たかったのです
夜。。。露天風呂から見た眺め前に岩山に下がっているツララが凍っています。 朝..道路から見たホテル全景
2003/1/19
高村山荘。。。高村光太郎が第2次大戦中賢治を頼って花巻に来て住んでいた所。
高村光太郎は,私の中では十和田湖の“乙女の像”の作者として覚えていました
この山荘の中に7・5坪の山小屋があって,光太郎はそこで1人で自炊していたそうです
冬場なので中を見ることは出来ませんでした。残念!!

次は花巻農学校の敷地ないにある羅須地人協会へ

羅須地人協会と言うのは,宮沢賢治が主宰した農民芸術活動団体の事で,共に汗を流しながら
自分達の美しいと思うものの表現,あるいは実現を目指して活動して行こうという会だそうです
私の疑問はなんでこの名前なんだろうと思って調べたのですが、名前の由来は分かりませんでした。
奥に見えるのが右側の写真の家で賢治が住んでいました。
家の中にたくさんの遺品が飾られていました。

入り口の脇にありました,留守の時の伝言板です 右側に立っているのが賢治です

風の叉三郎のマントです 懐かしい足踏み式のオルガン
今まであまり興味がなかった宮沢賢治でしたが,帰ってきてからいろいろ調べたりしているうちに
本を読んでみようという気になりました。
あの有名な“雨ニモマケズ”は昭和6年11月3日,病床の賢治が書いたもので死後に発見されたものだそうです